休日の光の中で — 石版工エマニュエルの一日
休日の朝、エマニュエルはいつもより少しだけ遅く目を覚ました。
よく眠ったはずなのに、体の奥底には、まるでヘドロのように重く沈殿した疲れが残っている。もうひと眠りしたい気持ちに抗えずにいたところ、次女マリーがベッドに駆け寄ってきて、揺すぶるように囁いた。
「パパ、ピクニックに行く約束、覚えてる?」
「ああ、そうだったな」
と微笑み、彼はマリーの栗色の髪を優しく撫でて、ゆっくりと身を起こした。
昼、家族四人はセーヌの河岸へと出かけた。
長女ブロンディンと次女マリー、そして妻ジャンヌとともに、初夏のセーヌ川の岸辺で靴を脱ぎ、ひんやりと心地よい水に足を浸す。そよ風に揺れるポプラの葉が光を反射し、ゆるやかな波紋とともに穏やかな時が流れていた。
バゲットにはジャンヌ特製のパテをたっぷりと塗り、チーズ、トマト、ピクルスをそれぞれ好みにあわせて挟む。頬張るたび、家族の笑い声が弾け、セーヌのほとりに幸せが満ちた。
帰り道は少し回り道になるが、エマニュエルの希望でシャンゼリゼ通りを通ることにした。
目当ては、広告塔に貼られているはずのポスター──彼が工房で刷り上げた、デボン社の新作香水のアフィッシュだった。
午後の陽差しに照らされ、広告塔に貼られたその一枚は、たくさんの通行人の称賛を受け、柔らかく輝いていた。
画家エチエンヌ・キャトルスー氏による描き下ろし。香水瓶を掲げ、恍惚とした表情を浮かべる女神像。その全身像を印刷するため、工房最大のプレス機の刷り幅ギリギリを使い、上下を継ぎ足して長さを何とか確保した。工員一同汗みどろになって完成させた力作だった。
「パパがこの絵を描いたの?」
ブロンディンが瞳を輝かせて尋ねた。
エマニュエルは笑って答えた。
「いや、絵を描いたのは偉い画家先生さ。パパたちはその絵を石に写し、刷り上げるんだよ。ひとつひとつ、手でね」
「へえ、パパってすごいんだね!」
と、マリーがこげ茶色の瞳で感嘆の声を上げた。
「そうよ、あなたのパパは、このあたりで一番のリトグラフ職人なの」
ジャンヌが腰に手を当て、少し誇らしげに笑った。
そのまま市場に立ち寄り、夕食の買い物をして帰宅したころには、空は茜色に染まりはじめていた。家の扉を開けると、安堵と共に一日の疲れがほどけていく。
その晩、エマニュエルはベッドに横たわりながら、シャンゼリゼで見た自作のポスターと、娘たちの無垢な笑顔を思い出していた。
「なかなかに充実した一日だったな……」
そう心の中で呟くと、誇りが胸に静かに満ちていく。そして、彼は穏やかな眠りに落ちた。