石版工エマニュエルの一日
「今日も愛する家族のため、頑張るぞ!」
モンパルナスのアパルトマン。朝6時、エマニュエルは薄明かりの中、きしむベッドからゆっくりと起き上がる。年季の入った寝間着の袖をまくり、窓を開けて外の空気を吸う。セーヌの向こうから焼きたてのパンの匂いが漂ってくる。
妻のジャンヌが作ってくれたカフェ・オ・レをすすりながら、子どもたちの寝顔を確認する。まだ小さな二人の娘の顔を見ると、どんな疲れも一瞬だけ消えるのだ。
午前:工房にて
工房の扉をくぐると、すぐに親方の怒鳴り声が響いた。「エマニュエル、昨日の試し刷り、微妙にズレてたぞ!やり直しだ!」 「かしこまりました」とだけ答え、黙々と石版を磨き直す。 精密な描線、繊細な陰影。刷りの一瞬にすべてが決まる世界で、彼は今日も自分の技術と向き合う。
午後:芸術家の無茶ぶり
昼過ぎ、有名な挿絵画家ロシュフォールがやって来た。「この猫の毛並み、もっと"詩的に"描けないかな?」 エマニュエルは心の中でため息をつくが、顔には出さない。「もちろんできます。少々お時間を」と返し、石の表面に細い針のようなペンで一本一本、毛を描き足していく。
夕方:仲間とのひととき
「昼は食ったか?」と職人仲間のルネが声をかける。4人でスープを分け合いながら、古い冗談と小さな夢を語り合う。 「この仕事、地味だけど、芸術を支えてるって思うと悪くないよな」 「ああ、手が真っ黒でも、心は誇り高くいられる」
夜:家族と静かな終わり
夜10時、家に戻ると、子どもたちはもう眠っている。ジャンヌが紅茶をいれて待っていた。 「おつかれさま。明日は日曜日よ」 「ああ、家族でピクニックに行けるな」 ふたりで他愛もない会話を交わし、エマニュエルはランプの下で目を閉じる。
ベッドに横たわり、静かに今日一日を振り返る。親方の声、インクの匂い、画家の細かい注文、仲間の笑い声。そして家族のぬくもり。 「今日もよく働いたなあ……神はお前を誇らしく思うだろう」 エマニュエルはそう呟きながら、眠りに落ちていった。