静物画はなぜ1600年前後に突然生まれたのか
――人造資産としての絵画
果物、花、食器、魚、肉、陶器、グラス、楽器、書物。
現在では当たり前に思える「静物画」というジャンルは、実は美術史の中ではかなり新しい。
もちろん、物そのものが描かれていなかったわけではない。
中世からルネサンスにかけても、宗教画や肖像画の中には花瓶や果物、食器、書物などが登場する。
しかし、それらは基本的に「何か別のものを説明するための物」だった。
聖母の純潔を示す花、キリスト教的意味を持つ果物、職業を示す道具、富を象徴する宝石……。
ところが16世紀末から17世紀初頭になると、少し奇妙なことが起こる。
「物そのものを描く」ことが、絵画の目的になり始めるのである。
静物画以前――物は「何かのため」に描かれていた
静物画の前史を考えると、ルネサンス以前にもすでに大量の「静物」が存在している。
写本の装飾、宗教画、祭壇画、肖像画などだ。
15世紀の北ヨーロッパでは、食器や花、果物などが非常に精密に描かれるようになる。
ロベルト・カンピンやペトルス・クリストゥスの作品などを見ると、そこには後世の静物画につながる驚くほどリアルな物質描写がある。
ペトルス・クリストゥス
しかし、まだ「果物を描くことそのもの」が主題ではない。
つまり、
物は描かれていた。
しかし、物だけを描くことは、まだ特殊な行為だった。
この状態が大きく変わるのが、およそ1600年前後である。
1600年前後、何が起こったのか
17世紀初頭のオランダやフランドルでは、花、果物、食卓、狩猟の獲物、食器などを主役にした絵画が急速に増えていく。
特に花の静物画は象徴的だ。
16世紀末から17世紀初頭にかけて、植物学や園芸への関心が高まり、珍しい植物や外国産の花がヨーロッパに集められていった。
ライデン大学植物園が設立されたのは1594年。
植物を「見る」「分類する」「収集する」という文化が急速に発達していた時代である。
そして1600年前後、花を専門的に描く画家たちが登場する。
ヤン・ブリューゲル(父)などによる花の静物画は、その象徴的な存在だ。
ここで面白いのは、彼らの花束にはしばしば、現実には同時に咲かない花まで含まれていることだ。
つまり、画家は自然をそのままコピーしているわけではない。
一つ一つの花を観察し、それを記憶し、組み合わせ、画面の中に「存在しない花束」を作っている。
静物画は、自然の複製ではなく、自然を材料にした新しい世界の製造だった。
プロテスタントだから静物画が生まれたのか?
ここでよく出てくる説明が「プロテスタント文化との関係」である。
17世紀のオランダでは宗教改革の影響が強く、カトリック圏のような巨大な宗教美術市場とは違った環境が生まれた。
教会や宮廷だけではなく、都市に住む商人や職人、富裕な市民などが絵を買うようになる。
その結果、宗教画だけではなく、
風景画。
静物画。
風俗画。
肖像画。
といった、個人が自宅に飾れる絵画の市場が発達していった。
ただし、ここで「プロテスタントだから静物画が生まれた」と単純化するのは危険だ。
イタリアやスペインなどのカトリック圏でも、ほぼ同じ時代に静物画が発達しているからだ。
カラヴァッジョの果物籠や、スペインのサンチェス・コターンなどは、その代表例である。
むしろ重要なのは宗教だけではない。
都市化、商業、海外貿易、科学、植物学、収集文化、個人所有、そして絵画市場。
これらが同じ時代に重なったことが重要だったのではないだろうか。
風景画もまた「世界を所有する」絵だった
静物画と同じ頃に大きく発展したものに風景画がある。
風景そのものは古くから描かれていたが、16世紀から17世紀にかけて、風景そのものを主題とする絵画が大きく発展していく。
ヨアヒム・パティニール、ピーテル・ブリューゲルらの作品を経て、17世紀オランダでは風景画が巨大なジャンルになった。
ここにも面白い共通点がある。
それまで絵画は「物語」を所有するものだった。
ところが次第に、
「世界の一部を切り取ったもの」そのものを所有する。
という感覚が生まれてくる。
風景画なら「土地」や「世界」。
静物画なら「物」や「財産」。
絵画そのものが、持ち運べる小さな世界になっていったのである。
そして絵画そのものが「財産」になる
ここから、静物画を少し違った角度から見てみたい。
たとえば果物、銀器、グラス、陶器などが描かれた豪華な静物画を見る。
そこには明らかに「豊かさ」が描かれている。
しかし、それだけではない。
その絵そのものもまた、所有することのできる財産だった。
ここが非常に面白い。
静物画は、
財産を描いた絵であると同時に、財産になった絵
なのである。
「鉱石」と「絵画」は何が違うのか
ここで、一つかなり根本的な違いに気づく。
鉱石は地面を掘らなければ手に入らない。
しかし絵は、描けば手に入る。
もちろん絵を描くには、キャンバス、絵具、顔料、筆、工房、そして何より人間の時間と技術が必要だ。
それでも、金や銀や石油のように「地球上に存在する量が決まっている資源」を掘り出しているわけではない。
人間は、比較的安価な材料に、
技術。
時間。
知識。
希少性。
作者の名前。
歴史。
物語。
社会的評価。
を加えることで、まったく別の価値を持つ物体を作ることができる。
これをここでは、
「人造資産」
と呼んでみたい。
これは経済学上の正式な分類という意味ではない。
あくまで、絵画というものを考えるための一つの見方である。
絵画は「価値を製造する装置」なのではないか
金鉱山の場合、地下に存在する金を掘り出す。
石油なら地下にある化石資源を取り出す。
しかし絵画の場合、価値のかなりの部分は制作の過程で新しく作られる。
布と顔料から、唯一無二の物体が生まれる。
しかもその物体には、
誰が作ったのか。
いつ作ったのか。
どこで作ったのか。
誰が所有したのか。
どのような歴史を経たのか。
という情報まで蓄積していく。
つまり絵画は、単なる「物」ではない。
時間と情報が物体に蓄積された資産
とも考えられる。
静物画は「所有」を描いていた
こう考えると、17世紀の静物画が急に面白く見えてくる。
豪華な銀器。
高価な果物。
輸入された陶器。
珍しい花。
ワイン。
楽器。
書物。
これらは単なる「物」ではない。
それらを持つことができるということ自体が、社会的な豊かさを示している。
静物画は、そうした「所有できる世界」を一枚の画面に固定した。
そして皮肉なことに、その絵画自体が新たな所有物になった。
つまり、
所有物を描くことで、その絵もまた所有物になる。
静物画は、この奇妙な循環を成立させるジャンルだったのではないだろうか。
「存在しない花束」という究極の人造資産
花の静物画には、この仕組みが特によく現れている。
画家は自然界から花を一つずつ観察する。
チューリップ。
バラ。
アイリス。
ユリ。
珍しい外国産の花。
そして、それらを一枚の画面の中に配置する。
現実には同時に咲いていない花まで、一つの花瓶に入れてしまう。
つまり、その花束は現実には存在しない。
しかし絵の中では存在する。
しかも、自然界の花より長く残る。
花は枯れる。
絵の花は枯れない。
ここには、人間が自然に対して行った非常に興味深い操作がある。
自然を観察し、分解し、再構成し、自然界には存在しないものを作り、それを物体として保存する。
これはもはや単なる「自然描写」ではない。
世界の再製造である。
なぜ絵画は何百年経っても価値を持つのか
絵画には不思議な性質がある。
普通の工業製品は、時間が経つと価値が下がる。
車も、家電も、コンピューターも、多くの場合は古くなるほど中古品になる。
ところが絵画は逆になることがある。
100年前の絵。
300年前の絵。
500年前の絵。
時間そのものが価値になる場合がある。
なぜなら、その絵を新しく作ることができないからだ。
作者はもう存在しない。
その時代も存在しない。
制作された瞬間も戻ってこない。
つまり絵画には、
「時間によって増加する希少性」
が生まれる可能性がある。
これは通常の工業製品とはかなり違う。
だからアート市場は消えない
もちろん、すべての絵が値上がりするわけではない。
しかし、
人間が価値を作り、それを物体に固定し、その物体を所有・交換できる
という仕組みそのものは非常に強い。
現代でも世界のアート市場には巨大な経済圏が存在する。
これは、絵画が単なる装飾品だからではない。
絵画は、
所有できる。
移動できる。
保存できる。
交換できる。
希少性を持てる。
作者や歴史によって価値が変化する。
文化的意味を蓄積できる。
という、非常に特殊な性質を持った「人工物」だからだ。
静物画という「人造資産」の発明
そう考えると、1600年前後に静物画が成立したことは、単なる美術史上のジャンル誕生ではなかったようにも見えてくる。
人間はそれまで、神話や聖書や歴史や人物を描いていた。
ところがある時期から、
「物そのものに価値がある」
という感覚が強くなっていく。
そして、その物を描いた絵もまた価値を持つようになる。
ここには二重の価値化がある。
物 → 絵画 → 所有物
自然界に存在するものを選び、
人間がそれを画面上で再構成し、
その画面自体を新しい所有物にする。
静物画とは、この循環を極めて純粋な形で見せてくれるジャンルなのかもしれない。
おわりに――絵画は「掘り出す」のではなく「作り出す」
鉱山から金を掘り出す。
土地から鉱石を取り出す。
海から魚を獲る。
これらは基本的に、自然界にすでに存在している価値を取り出す行為だ。
しかし絵画は少し違う。
鉱石は地面を掘らなければ手に入らない。
しかし絵は、描けば手に入る。
もちろん、描くためには人間の技術と時間が必要だ。
だが、そこには地下資源のような絶対的な埋蔵量の制約はない。
人間は新しい絵を作ることができる。
そして、その絵に意味を与えることができる。
さらに、その意味が社会に共有されれば、絵は交換可能な価値になる。
そう考えると、絵画というものは、人間が非常に早い時期から作ってきた、
「価値の製造装置」
だったのではないか。
静物画の誕生とは、単に「果物を描く画家が現れた」という話ではない。
それは、
「世界に存在する物を描くこと」と「新しい価値を持つ物を作ること」が、同じ画面の中で結びついた瞬間
だったのかもしれない。
そして400年以上経った現在も、私たちはその「人造資産」を作り続けている。
キャンバスでも、写真でも、版画でも、映像でも、デジタルデータでもいい。
人間は今も、ほとんど何もないところから、
「これは価値のあるものだ」
という物を作り続けている。
静物画は、物を描いた絵ではなかった。
「物に価値を与える人間」という存在そのものを、ひそかに描いていたのかもしれない。




