2025年10月26日日曜日

リソグラフと言う名の文化窃盗的行為

リソグラフという名の文化的窃盗 — 石版画の名を借りた印刷機の影

リソグラフという名の文化的窃盗 — 石版画の名を借りた印刷機の影

「リトグラフ(Lithograph)」と「リソグラフ(RISOgraph)」——この二つの言葉を混同している人は、意外に多い。どちらも印刷に関わる用語だが、その本質はまったく異なる。それは単なる言葉の似かよいではなく、文化的な借用=文化の窃盗に近い現象でもある。

石から始まった「リトグラフ」

リトグラフの「litho」はギリシャ語で「石」を意味する。つまりリトグラフとは「石版画」──18世紀末にアロイス・ゼネフェルダー(Alois Senefelder)によって発明された、石灰石を使った化学的平版印刷技術である。

この技術は、19世紀から20世紀にかけて芸術表現の革命を起こした。トゥールーズ=ロートレック、ピカソ、ミロ、シャガール──数多くの画家たちが石の上に描き、そこにインクを通して版画の詩を生み出した。リトグラフは、芸術の物質的記憶として200年以上の歴史を持つ。

「理想」から生まれたリソグラフ

一方、「リソグラフ」は日本の理想科学工業が1980年代に開発した孔版印刷機(デジタル・シルクスクリーン)である。仕組みは、感熱式のマスター(原紙)に細かな穴を開け、インクを通して紙に転写するというもの。つまり、原理的にはシルクスクリーン印刷やガリ版の延長線上にある。

「リソグラフ(RISOgraph)」という名称は、「理想科学(RISO)」の社名からとった造語であり、印刷の“graph”を付け足しただけのものだ。だが、この語感が「lithograph」と非常に近く、しかも「リソ=litho」とも読めてしまうため、結果的にリトグラフとの混同を招いた

名がもたらした印刷史の混乱

問題は、こうした混同が単なる誤解の範疇にとどまらず、印刷史そのものの認識を曖昧にしてしまっていることだ。多くの人が「リソグラフ印刷」を「リトグラフ」と勘違いし、さらには「シルクスクリーン印刷」とも混同して説明する場面がある。

その結果、リトグラフが培ってきた技術史や文化的重みが、「デジタル印刷の一種」程度に矮小化されてしまう。言葉の重みが、企業のブランド戦略に軽々と奪われてしまったのだ。

名称が持つ倫理と責任

もちろん、理想科学工業に悪意があったわけではないだろう。むしろ「理想」という社名にちなんだ発明として誇るべき技術革新でもある。しかしながら、言葉には文化の記憶が宿る。そして、「リソグラフ」という名称は、結果的に「リトグラフ」の語源的・文化的領域を侵食してしまった。

それは、印刷史の上に新しい家を建てながら、その地層に刻まれた“石の記憶”を見ようとしなかったということだ。

今からでも遅くはない——改名という誠実

もし理想科学が自らのブランドと技術に真摯であるなら、「RISOgraph」という名を改め、「RISOprint」や「RISOstencil」など、孔版印刷の本質を正直に表す新たな名称へと歩み直してもよいのではないか。

リトグラフは、石と水と油の微妙な均衡の上に築かれた芸術。リソグラフは、デジタルとインクのリズムが作り出す現代の孔版芸術。両者が正しく区別され、互いの文化が敬意をもって語られることこそ、印刷文化の未来にとっての「理想」である。

結語

「リソグラフ」は便利な機械であり、独自の美学を持つ。しかしその名が「リトグラフ」という200年の言葉の上に安易に築かれたことを、私たちは忘れてはならない。言葉は文化の骨格であり、技術の系譜を守る鍵である。

リソグラフよ、そろそろその石から降りる時だ。

2025年10月14日火曜日

リトクレヨンが高すぎるのでAIに聞いて自作してみっか。

自作リトクレヨン:意義と制作方法(工房向け実践ガイド)
工房ノート・素材開発

自作リトクレヨン:意義と制作方法(工房向け実践ガイド)

アルミホイル転写など非吸収面に最適化した自作レシピと実験ノート付き。安全・低コストで試せる手順を掲載。

導入 — なぜ自作するのか(意義)

リトグラフクレヨンは伝統的に海外製品に依存してきた専門画材です。工房で自作する意義は大きく分けて三つあります:

  1. 技術継承と表現の自由性:配合を自分でコントロールすることで、版と支持体に合わせた最適な描き味を得られます。
  2. 経済性と供給安定性:輸入遅延や欠品に左右されず、小ロットで試作し改良できます。
  3. 新技法の創出:アルミ、ガラス、フィルムなど非吸収面に特化した配合で、新しい版表現(例:アルミリトグラフ)を開拓できます。

安全上の注意(必読)

重要: 自作には加熱作業・粉体扱い・可燃性物質の使用が伴います。必ず換気の良い場所で行い、マスク、耐熱手袋、ゴーグルを着用してください。タール系原料は発がん性リスクがあるため、可能なら松ヤニや食品グレードの代替品を用いることを推奨します。

材料と費用(家庭向け・目安)

材料役割購入先・参考価格
蜜蝋(ビーズワックス)滑り・粘りの基材Amazon / 東急ハンズ — 約1,000円 / 100g
モンタンワックス(またはパラフィン)硬度調整画材通販 — 約800円 / 100g
松ヤニ(コロホニウム)密着性(タール代替)楽天 / Amazon — 約700円 / 100g
カーボンブラック(顔料)着色・トーン画材店 — 約500円 / 20g
石鹸(オリーブ石鹸など)乳化剤・転写性調整ドラッグストア — 約200円 / 個
ストーンパウダー(軽石粉や酸化アルミ微粉)アルミ面向けの粒子添加工芸材料店 / ネット — 約800円 / 100g

上記は参考価格です。初回は小ロット(10本分)を想定すると1本あたりおよそ50〜150円で作れます(材料と成形法による)。

基本的なレシピ(試作 10本分・目安)

下は家庭で試しやすい「軟質 / 中間 / 硬質」の3種の配合例。温度は80〜90℃の湯煎で溶かし、ストローやシリコン型で成形します。

軟質タイプ(アルミで深めに写る)

蜜蝋:20g

松ヤニ:15g 石鹸:2g オリーブ油:1g カーボン:0.5〜1g 混合→湯煎→型入れ→冷却

中間タイプ(汎用)

蜜蝋:15g

モンタンワックス:10g 松ヤニ:10g 石鹸:2g カーボン:1g

硬質タイプ(細線向け・アルミ向けは微粉添加推奨)

モンタンワックス:20g

蜜蝋:10g 松ヤニ:5g 石鹸:1〜2g カーボン:1g ストーンパウダー:1〜2g(アルミ特化時)

冷却は室温でもよいが、急冷はひび割れの原因になる。固化後は紙で巻いて保護すると折れにくくなる。

作り方(ステップ・詳細)

  1. 下準備:換気、保護具、秤(0.1g単位推奨)、耐熱容器、シリンジ或いはスポイト、ストロー/シリコンモールドを用意。
  2. 溶解:耐熱容器で蜜蝋等を湯煎で徐々に溶かす(目標 80〜90℃)。直接火にかけない。
  3. 混合:顔料→松ヤニ→石鹸の順で入れ、よく攪拌する。均一化のため3ロールまたはゴムヘラでよく練る。
  4. 成形:シリンジでストローに充填。垂直に立てて冷却するとまっすぐ固まる。シリコンモールドも可。
  5. 冷却・乾燥:室温で1時間、完全硬化させる。急冷は避ける。成形後、表面をネルや柔らかい布で軽く拭く(油膜調整)。
  6. 仕上げ:ストローを縦に切って抜き、紙巻きにする。必要なら紙ヤスリで先端を整える。

アルミホイル特化の追加テクニック

  • ストーンパウダー(軽石粉、酸化アルミ微粉)を1〜3%程度混ぜると、アルミ面での咬みが良くなる。
  • 描いた直後に柔らかいネルで軽く表面を撫でると油膜が薄くなり転写が安定する。
  • 転写は強圧より軽擦(kiss pressure)を複数回行う方が滲みを抑えられる。

試作ノート(実験テンプレート)

以下のテンプレートをコピペして実験記録に使ってください。


日付: レシピ名: 配合(g): ・蜜蝋: ・モンタンワックス: ・松ヤニ: ・石鹸: ・顔料: ・微粉(ストーン): 湯煎温度: 成形方法: 冷却法: 描き味(1-10): 転写性(1-10): 滲み度(1-10): 備考(アルミの下処理・転圧回数等): 結果: 改良点: 

よくあるトラブルと対処

現象原因(推定)対処
線がにじむ油分過多・転圧が強すぎる冷却して硬度を上げる、石粉を増やす、擦り圧を下げる
線が途切れる油分不足・顔料の密度不足松ヤニやオイルを少量追加、蜜蝋を減らす
芯が割れる急冷・ワックス比が高い徐冷する、紙巻きで強度を確保
表面がベタつくオイル過多・仕上げ不足表面を布で拭く、ワックス比を増やす

まとめと今後の展望

自作リトクレヨンは「材料科学」と「職人技」の融合です。小ロットでの試作を繰り返すことで、アルミやその他の非吸収支持体に最適化された新しい表現領域が開けます。工房を持つあなたなら、試作・教育・販売まで含めたプロジェクト化が現実的です。

この記事は実験的ノウハウを共有する目的で作成されています。商用化する際は安全性と規制(材料の MSDS)を必ず確認してください。

作成:工房ノート(あなたの屋号をここに) | カテゴリ:画材レシピ・版画テクニック

編集・転載について:無断転載はご遠慮ください。改変や商用利用をご希望の場合はお問い合わせください。

2025年10月6日月曜日

紙段漸圧とは|リトグラフプレス改造による新しい印圧調整法

紙段漸圧とは|リトグラフプレス改造による新しい印圧調整法

紙段漸圧とは|リトグラフプレス改造による新しい印圧調整法

紙段漸圧(しだんぜんあつ)とは、リトグラフやエッチングなどの手動プレス機で、紙厚を段階的に配置することで印圧を徐々に高める独自の技法です。これは従来の「トグルレバーによる瞬間的な圧力印加」に対して、より滑らかで制御しやすい圧力変化を実現します。

発想の背景

手動式プレス機では、印圧の立ち上がりが急であるため、版面へのダメージやムラが生じやすいという課題があります。
これを解決するために考案されたのが、「紙段漸圧」。
印刷ベッドの手前側(印画部の余白側)に、1mm〜1cm刻みで紙を階段状に10枚程度重ねることで、ベッドが進むにつれて徐々に印圧が高まる構造を作ります。

「最初は軽く、徐々に重く」──機械的には単純ですが、印刷結果には繊細な差が生まれます。

紙段漸圧の理論的説明

プレスベッドが進行する方向に沿って紙厚が増していくと、トグルレバーの角度変化と紙厚変化が加算的に働き、印圧が時間的にも空間的にも滑らかに上昇します。
これにより、以下のような効果が得られます。

  • 印画部に入る前に「予備圧」がかかり、紙と版が自然に馴染む
  • インク転写のムラが減少し、トーンが安定する
  • トグル操作に必要な力が分散し、作業疲労が大幅に軽減される
  • 機械への負担が減り、ギアや軸の寿命が延びる

通常法との違い

従来の方式では、トグルレバーを倒す瞬間に一気に圧力がかかるため、印画部の入りと抜けで圧ムラが発生しやすく、精密な印刷では難点となっていました。
紙段漸圧では、印圧の導入角が緩やかになるため、版面への衝撃がなく、柔らかい印象のプリントが得られます。

紙段漸圧の作り方(簡易版)

  1. ベッド上のチンパン(版の下敷き)より手前10cmほどに、A4上質紙を10枚用意。
  2. 1cmずつ奥にずらして重ね、階段状のスロープを作る。
  3. その上に版・紙をセットし、通常通りハンドルで圧を加える。
  4. トグルを倒してベッドを送ると、徐々に印圧が高まり、スムーズな圧が得られる。

環境的・構造的意義

この方法は、機械構造を変えることなく圧制御を改善できるサステナブル・ユーティリティ(持続的有用性)の好例です。
旧式のリトグラフプレスや手動プレス機が時代に埋もれず、新しい価値を持って再生する道を示しています。

キーワードで探す人へ

リトグラフプレス 改造 / 手動プレス 印圧調整 / 紙段漸圧とは / 段階的印圧 / 手動印刷 機械改良

© 2025 Daichan Hamanaka — 紙段漸圧(Shidan Zen’atsu)技法研究ノート

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